噂のあいつ 「自覚」


姉さんは何の気なしに言ったんだろうけど、生憎その言葉はかなりのダメージを僕に与えた。

僕が恋してるよーな顔をしてるって?
ってことは、僕はもしやに恋してるんだろうか?
いや、まさか。

だって、は…ねぇ?

つまり、もしそれが本当だった場合、僕はかなり困ることになるわけで。
てゆーか間違いなく問題がある訳で。

…って僕、何考えてんだろう。

不毛だ、これはとてつもなく不毛だと思う。
あーあ、何だか変なことになっちゃったな。
僕ってこんなキャラだっただろうか。

またも頭が混乱してきたので、僕はとにかく今はのサボちゃん3号がよくなることだけを祈ることにした。



が転校してきて数日経った頃、僕の心はまた試練にさらされる羽目になる。

その日も僕はに対する正体不明の気持ちを抱いたまま学校に来ていた。

「おい、不二ー。」

ドキリ

休み時間、正体不明の気持ちのせいでゲンナリと机に突っ伏していた僕のところへその元凶がやってきた。

「何?」
「あんだ、お前具合悪いのか?」
「ううん、ちょっと眠くて。」
「そっか、大変だな、お前も。」
「ところで、何か用?」
「おー、そうだそうだ。」

は手をポンッと叩いた。

「きーてくれ、うちのサボちゃん3号が元気になったんだよー。もーヤバいかと思ったけどよぉ。」

へぇ、そうなんだ。

「それはよかった。せっかく育ててるものね。」
「ほんっと、それ!いやぁもう、お前のおかげだぜ、ありがとよ!」

大袈裟だな、もう。
そこがらしいところだけど。

「それでだな、不二。」
「ん?」
「何たってうちのサボちゃん3号がお世話になったからして俺としてはお礼をしてぇと思ってんだけど。」
「そんな…」

お礼だなんて。僕は大したことしてないのに。

「そう遠慮せずに受け取ってやってくれって。んじゃ、今日部活終わったら一緒に俺んち来てくれよな。」
「え?ちょっと…」
「んじゃあ、そゆことで。」

ちょっと待ってよ、

強制なの?!?!?!

僕は慌てて隣の席のにいくらなんでも強引に決めないでくれ、と抗議しようとした。
が、生憎素晴らしいタイミングで教室のドアが開いて先生が現れたのでそれは叶わなかった。

を挟んで向こうの席から来る英二の『大変だね、不二。』と言いたげな視線がちょっと痛かった。



全く、は強引なんだから…

心の中でブチブチと言いながら僕は授業を受けていた。

どうもは人に有無を言わせずに自分の主義主張を押し通すのが得意みたいだ。
何たってあの手塚でさえ、の傍若無人さには勝てないみたいだし。

けど、だからと言って独り決めってのはないんじゃない?

僕は休み時間に言い損ねた抗議の代わり、という訳でもないけどチラっと隣の席のを見やった。
すると、たまたま視線がかち合ってしまった。

ニコッ

は微笑んできた。

ドキリ。

その笑顔を見た途端、心臓がまた大きく脈を打って、僕は慌てて顔をそらせた。
何、これ。顔が…熱い。

赤くなってるであろう顔をに見られてやしないかと僕はヒヤヒヤした。
反則だよ、あんなの。

あんなかっこよく笑いかけられたらどうしようもないじゃないか。

やっぱり僕はおかしい。

姉さんの言うとおり、僕、に恋しているんだろうか。

言われて改めて考えてみれば他にこの妙な気持ちを表現しうる言葉はないかもしれない。
でもダメだ。そうだと認めることはまずい、まずすぎる。

第一、僕はを困らせたくない。

今日もの家に行くことになっているのに、(決められている、とも言うね)
どうしよう。

僕の心境なんててんで知りもしないは相変わらずしれっとした顔で授業を聞いている振りして
実はこっそり居眠りをしていた。



は凄く強い選手だっていうのは、既に周知のことだ。
でも僕らが驚いたことには、その強さはシングルスに留まらなかった。

「今日はダブルスの強化練習を行う。」

今日の部活の始め、手塚はそう宣言した。

間違いなく大会に向けての策だろう、何せうちの問題点はダブルスが少々弱いことだからね。
ゴールデンペア以外に固定のダブルスプレイヤーがいないし。(いつも力押し)

「ほほぉ、そりゃぁいい。」

横でが呟いた。
手塚に走らされることを恐れもせずによくもまぁ私語を挟めるものだ。
やっぱり大物だね。

「今日を機会に新たなパートナーを見つけられるかもしれねーな。」
、ダブルス出来るんだ。」

僕は…ちょっと苦手かも。協調性がないほうじゃないけど協力プレイとゆーのは少し辛い。

「俺は元々ダブルス専門だよ。」

は言った。
僕は思わず沈黙した。

正直、意外だった。といえば手塚すらものともせずに我が道を貫いてしまう、というのが
最早部内でも常識だったから協調性が必要なものが得意には見えなかったのだ。

「おいこら、不二。疑いの眼(まなこ)をすんじゃねー。」

あ、バレてた。チッ。
…なんてね☆

「言っておくけどな、不二。こう見えても俺の戦績はダブルスのがほとんどなんだぞ。
尤も、パートナーがよかったせいもあるけどな。」
「そんなにいいパートナーだったの?」
「海堂並みに諦めが悪くてな、相手が嫌がってくれておかげでよく助かった。」

言ってはガッハッハッと豪快に笑う。

僕は乾に視線を送った。
乾はコクンと肯いたので僕はの言うことに間違いがないことを悟った。

「僕も一遍とやってみたいな、ダブルス。」
「いや、お前はシングルス向きだろ、明らかに。ここの連中のほぼ全員がそうみたいだけど。」

ひどくあっさり言われて僕は少し傷ついた。
確かに違うとは言わないけど、即答しなくてもいいじゃないか…

「おいおい、そんな目ぇするのは勘弁してくれ。」

は慌てたように言った。
僕は目を伏せてたんだけどちょっとは効果があったらしい。

「俺はお前は自分の向いてる方向を極めればいい、と言いたかっただけだ。」

ああ、うまいこと言うなぁ。ってやっぱ格好いい。

「それより、クジひこーぜ。」

に促されて僕は大石が用意した組み合わせのくじを引いた。
箱に手を突っ込んで適当に引っ張り出した紙には赤いペンで@と書いてあって、
その番号は残念ながらが引いたやつと一致しなかった。

で、と組むことになった羨ましい人は誰かと言うと、
何と、タカさんだった。
…ま、タカさんならいいや。もし手塚や越前だったらちょっと僕も穏やかじゃいられなかったかもしれないけど。

って、あれ、これってやきもちかな?

それはともかくとタカさんはさっそく練習試合に入った。
相手はゴールデンペア、くじ引きしてランダムに決めた割には随分とうまいこと当たっている。

僕は他の皆と一緒にフェンスの外に出た。
さて、はどんな風にダブルスをやるのかな?
楽しみだね。

「行くぜ、タカさん!」

が気合を入れる。
一方のタカさんはやや気圧され気味だ。
あれ、タカさんったらまたラケット忘れてるよ。

すぐにが気がついて彼にラケットを渡す。

「バーニィーング!!」

タカさんのスイッチが入った。

「よっしゃぁ行くぜぇー!!、フォローミィー!!」

1年生や非レギュラーの2,3年生がビビッて耳をふさいでいる中、は涼しい顔をしている。
いや、涼しくない。

「任せろっ、タカさーん!!」

は叫んだ。

「ぶっ飛ばしていくぜぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

あーあ、も燃えまくりだね。

一年生の誰かが、ひぇぇ〜っ、と頭を抱えた。
ネットの向こうのゴールデンペアもよもやこういう事態になるとは思わなかったのか、 英二は顔がヒクついているし、大石にいたっては気の毒にも青い縦線がいくつも走っている。

「バーニーング!」

タカさんがサーブを繰り出した。

「ほいっとな!」

でも英二が素早く動いて打ち返す。
その球は真っ直ぐめがけて突っ込んでいく。

ヒュオ

その時、の目付きが変わって僕はゾクリとした。
いつもなら手塚とは正反対のやわらかい瞳がまるで猫のように鋭くなっている。

「らぁっ!!」

の気合が一閃した。
鋭い掛け声とともに、球は矢のように向こうのコートへと飛んでいく。

「英二!」
「オッケー!」

ゴールデンペアの対応はさすが早い。
英二がたまに飛びつく。

「菊丸ビー…あれ?」

英二の拍子抜けした声に見ている僕も他の皆もえ?と目を見張る。

信じられない…英二が外した?!
見たところ、普通のショットだったのには一体何をしたんだろう。

しかし英二が外したとて、向こうには大石が居る。
大石は何とかフォローに成功した。

「来たぜぇ、。」
「ドーントウォーリー、タカさん。ノープロブレーム!!」

ってさすが関西人だけあって(?)ノリがいいね。
ここまでタカさんのノリに付き合える人ってうちの中にはあまりいないと思う。

「アイアームストローング!!」

がバッと動いた。その刹那、

ドォッ

「ふぃ、フィフティーン・ラブ!」

やや戸惑いがちな審判の声がした。

"Yes, that's great!!"

は何故か横文字で言って、ラケットを肩に担ぎガッツポーズをとった。

「ゴールデンペアより先に点を入れたか…」
「手塚、君の従兄弟、一体何者なの?」

呟く手塚に僕は尋ねた。
手塚はやや間をおいてこう言った。

「ついこの間までは諦め癖がひどくて困ったものだった。」

明らかに文脈を無視した言葉だったけど、僕は何となく意味がわかった。

即ち、ダブルスにおいては手塚も認めるほどの力を持っているということだ。
それ以上は言いようがない。

そんなシリアスな僕達を他所に、はコートでノリにノッっていた。

「ナイースプレーイ、!」
「サンキュー、タカさん!次はユアターン!!」
「うぉーっ、バーニーング!!」

タカさんのバーニングが更に強力になった。
周りの皆はギャーッとパニックになっている。

越前がボソッと

"Add fuel to the flame...(火に油を注ぐ)"

と呟いたのが聞こえた。
やれやれ。

それにしても本当には凄い。
組んだばかりとタカさんといきなりうまくいっている。

ダブルス専門、と自分で言っているのは伊達じゃない。

でも、ゴールデンペア相手にどこまでいけるかな?

「グレイトォー!!」

タカさんがまたサーブを放つ。

大石がそれを取るが、やはりパワータイプのタカさんのショットだ、やや返すタイミングが遅い。

またが動いた。

「タカさん、」

今度は何をたくらんでいるのか。

"Go!!"

は叫ぶ。

「ぬどりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

タカさんの強烈な一撃が打ち込まれる。

「こんにゃのサギだぁぁぁ!!」

英二が叫んだ。

パアンッ

「とか言いつつ返してんじゃーん。」

やれやれ、と言いたげには呟いた。
その間に英二のショットがの横をすり抜ける。

っっ!」

タカさんが声を上げるが、は余裕だった。

"Don't worry, I can do it! (心配すんな、俺はやれる!)"

言って彼は地面をダンッと蹴って後ろへ飛び退り、そして英二の打球の後ろに回りこんで返してしまった。
それもきっちりゴールデンペアにとって、嫌なコースへと。
あの状況でここまで正確なことをやるのか、
ますます君は凄いね。

の球を大石が打ち返した次の瞬間にはタカさんが動いていた。
…いや、ちょっと待てよ。

タカさんの動きがいつもより速い!

そのタカさんは大石の打球を返したが、それは残念ながらネットに当たって向こうには入らなかった。

「ショッキーング!!」
「ドンマイ、タカさん。まだ大丈夫だ。」

「今のタカさん、いつもより速く動いたよね。」

僕はフェンスを握り締めながら誰に言うとなく呟いた。

ああ、と答えたのは乾だった。

「おそらくは、パートナーをリードしてその潜在能力を引き出すのもうまいんだろう。でなければ…」
「そうだね、そうじゃなければあれはあり得ない。」

最早僕は、(多分他の皆も)この練習試合に目が釘付けだった。
これほど凄いダブルスの試合を内輪で見られるなんて…
それもゴールデンペア相手に。

「どっちが勝つと思います?」

桃が言った。

「ゴールデンペアだな。」

乾が言う。

「ゴールデンペア。」

手塚も親戚を贔屓する気はないらしい。
その場にいた中で海堂だけはどっちでもいい、という意思表示をした。

「不二先輩はどースか?」

桃に話を振られて僕は笑って思ったとおりに答えた。

とタカさん。」

僕の答えにその場にいた連中は全員怪訝そうに振り向いた。
でも、僕は黙ってそれをやりすごした。

いいじゃない。
だって、だったら何かやらかしそうなんだもの。

実際、その後のとタカさんも凄かった。
ゴールデンペア相手に全く退く気配を見せない。
寧ろ、押している気配すらある。

この先どうなるのかは誰にもわからなかったんじゃないかな。

どうなるにしろ、僕はこの試合をずっと見ていたかった。

でも、どんな試合も必ず終わりがある。

「ゲーム!・河村ペア、シックスゲームオール!!試合終了!」

審判が叫んだ。そういえば手塚のお達しでタイブレークはなしにしてたっけ。

「残念!惜しかったなー。」

僕は素直に感想を述べた。
それから桃達の方を向いた。

「約束通り、うちの姉さんの占い回数券あげるよ。」
「してませんって、んな約束…」

桃が冷や汗をかいて呟いた。
見れば手塚と海堂も胡散臭い、と言わんばかりの顔をしている。

みんな、ちょっとノリ悪いんじゃない?
だったら即平手突っ込みなのに。

「やー参った参った。」

当のがやってきた。

「お疲れ様、凄かったよ。」
「サンキュー、不二。お前に言われると結構実感湧くぜ。」

は歯を見せてニカッと笑った。
僕はまたドキリ。
最早否定の余地はなさそう。

僕はに恋してるんだ。

間違いない。

いけないってわかりきっていても。

…あーあ、とうとう自覚しちゃった。

どうしよう、この思い。

試合を見ている間はすっかり忘れていたことを一挙に思い出して僕は内心居心地が悪くなってしまった。
そんな中、皆と笑いながら話しているが妙にまぶしく見えた。

To be continued...



作者の後書き(戯言とも言う)

ふぅ、やっと出来たよ、第3話。
話が遅々として進んでない気もしますが。

あ、不二少年がまたの家に行くのは次の話になります。
間違っても始めに述べておいて忘れてた、という訳ではございませんのでご心配なく。

それにしてもこれを書いている間、よく『うまく文が出てこぉへーん|(ToT)|』と喚いておったものですが
何とかなるもんやなぁ…(しみじみ)


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